慰霊の日

義兄の遺作慰霊の日、沖縄の日本軍による最後の戦いが糸満市で行われたと聞く、
自分は、島根県西部の小さな田舎に住んでいたので、戦時中飛行機が飛ぶのも見たことが無かった。
ただ、母と小さな小川の傍にいたとき、南南東の方角で「どろ~ん」という鈍い音を聞いて、何だろう??と話し合たことは、今でも覚えている。
後に原子爆弾であったことを聞かされたのだが・・・
妻は、南南東の方角に黒い雲を見たと云っているが・・・
終戦の後、学校で進駐軍が来ると聞き、山口県から国道9号線で来ると、遠くに山裾を下がる国道を見張り、国道の直ぐ横の茂みに隠れて、1台のジープが通り過ぎるのを待って、子供ながらに安心したことを思い出す。
沖縄の人々は、4人に1人亡くなったと聞く、自分には想像もできない情景である。
広島の下宿でも、皮が垂れ下がった女学生が並んでいる悲惨な話を聞いた・・・
もう戦うことも出来ない老いた自分では、せめてブログに書くことぐらいしか出来ないが、叫びたい!!
何故?指導者は戦争を好むのだ!一般市民はそれでみんな不幸になるのに・・・
そんなに戦いたいなら、自分が生死をかけて最前線で戦え!
正義とは何か? 
如何なる主義主張でも、神でも、統治でも、名誉でも、貧富でも無い!!
他人を傷つけない、他人と共に生きることだと・・・知れ!!!