「ひまわり」と戦争

久しぶりに CD「世界のムード音楽」をかけていたら、ヘンリー・マンシーニの「ひまわり」が聴こえてきました。

この調べを聴くと必ずといって良いほど、ある思い出が胸を締め付け涙ぐみます。

脳裏に浮かぶのは、列車の中から広大なひまわり畑を涙ぐみながら見つめているソフィアローレンの姿です。

戦争から引き揚げた旦那を探して、遠くまで訪れ、すでに若い女性と暮らしている夫の姿を目にして、静かに去っていく哀れな姿です。

その次に現れるのが、青春時代に好きな女性を夜の駅のホームで見送った時の寂しい思いです。最後の姿でした。

今、ウクライナの情報を見聞きするとき、そんな思いが溢れて爆発しそうです。

人間って何故?? こんな馬鹿なことが出来るのでしょうか👽👽👽

情けないなー

”データーベース接続確立エラー” 修復成功

数年ぶりにXserverファイルマネージャサーバーパネルを操作する機会を得た。

サイトの構築を始めた頃は頻繁に使っていたが、最近は投稿の頻度も下がりその必要がなくなって、久しぶりのトライであった。

このサイトは、自前のメインサイトで、過去のサイトを統合するためにも使っているので、失敗は許されないと思い、ページを一つ一つコピーするのに、一週間近くの日数を費やした。

今回の修復はネットで検索した方法Xserverの説明書で比較的簡単に修復でき、恐る恐るではあったが2時間少々で解決できた。

あのバックアップの一週間は何だったんだと悔しい思いもあるが、過去の出来事を振り返ってみる良い機会ともなった

また、最近高齢化する自分にちょっとしょげていたが、まだ出来るという自信を取り戻したのも良いことだ。

めでたし❣ めでたし❣

我が道/83歳の誕生日を迎えて

あと何年生きれるのだろう?・・・誕生日を迎える度に考える年齢になりました。

 一昨年まではよき友に出会って、ライフワークにしている”地域の活性化“らしきことに取り組み、長年貯めたスキルで役に立てるように活動してきましたが、コロナ禍で活動が中断しています。

 ずいぶん前に、「スマホを使わない人は生活弱者になる」という記述に出会って、“地域の活性化”は、みんながスマホを使えるようにすることから始まると考えるようになり、2020年2月に「スマホでつながり発見隊」を計画して活動開始の準備をしていましたが、コロナ禍で不要不急の外出自粛が必要となり、もう1年以上も引きこもり状態でいます。

 高齢者の引きこもりは心身共に弱体化を引き起こします、気持ちだけでも何とかしなくちゃと脱炭素社会の調査を進めていますが、テーマが大きすぎて思う様に進めません。

 そこで、再度「スマホでつながり発見隊」に戻って、計画を練りなおしています。

1.企画を分かりやすく平易に

活動内容を想定しましたが、 気持ちが入りすぎて理屈っぽくなりました。このままでは理解し辛いので、わかり易い表現にします

2.活動パンフレットの作成

活動パンフレットは、スマホで見やすいネット記事になるようにします。

3.活動パンフレットをネットで発信

活動パンフレットの内容を動画に作成して、投稿します。

4.「スマホが活きる街の屋台」の出店を計画

スマホの上達は仲良くなることが一番! そのお手伝いをする「街の屋台」を計画します。

脱炭素社会へ

近年、北極の氷山が解け海面が上昇し水没しそうな島国があったり、ヒマラヤの氷河が解けて流れ出しダムが決壊したり、日本においても、予期せぬ大水害で地域が大被害を受けることが頻繁に起こったり、何日も消火できない大火が起こったり、干ばつ害虫の発生食料の不足が危惧されたり、砂漠から舞い上がる黄砂の襲来があったり、それらがみんな地球温暖化によるもので、その原因が温室効果ガスの過剰な排出によるものだとされています。

菅総理大臣は、就任後初めての所信表明演説で、脱炭素社会の実現に向けて、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と表明されました。

「排出を全体としてゼロにする」ということには、カーボンニュートラルすなわち排出の埋め合わせをするという含みがあり、「温室効果ガスを排出する設備であっても必要不可欠であれば埋め合わせして活用できる」と解釈できます。

しかし、今は「気候非常事態宣言」が発せられ、ニュートラルでは現状維持で、非常事態を回避できない現状です。

温室効果ガスの中でも一番影響がある炭酸ガス(CO2)は、炭素が燃えて出るガスで、人々の生活の近代化を支え、現在なお人々の生活に密着するエネルギーの源となる電気やガソリンの原料である石炭や石油、天然ガス酸素と反応してエネルギーを出すとき排出されます。

地球は元々多くの炭酸ガスで覆われていて、それが徐々に薄まって生き物が生存できるようになり、その生き物がだんだん多くなり、死んで地中に埋もれ石炭や石油に変化し固定され、生き物の生活と地球の環境がバランスしていました。

人類が現れ進化するうちに石炭や石油を掘り出して使うようになり、眠っていた炭素を燃して炭酸ガスを排出バランスを崩してしまって、現在に至ったものと考えられます。

樹木など植物は太陽光のエネルギーを得て光合成を起こし、炭酸ガスと水を炭水化物と酸素と水に変えて蓄え、植物や動物など生き物は、呼吸をして酸素を取り入れ蓄えた炭水化物を酸化して生じるエネルギーで活動し、炭酸ガスを排出します。

炭酸も酸素も、私たちが生きるために、同じように必要な元素です。

生き物が暮らせる地球を守るために、炭素だけを悪者扱いせず、私たちの責任として炭酸ガスのバランスを回復するように頑張りましょう。

新型コロナと掃除体操

新型コロナで外出を自粛し始めてもう3ヶ月になろうとしている。

最初の自粛は、約束していた会合を辞退したのが2月3日で、それからスーパーへ2回と、実家へ1回行ったきりで頑張っている。

食べ物などの買い物は、従来からお願いしている生協で賄っている。今の所いつもと同じように配達してもらえるので、大変助かっている。

生協がストップしたら私たちはお手上げ状態となる。いつもながら元気な顔を見ると一安心する。有難いことで、感謝感謝である。

外食を楽しむことができないので、最も大切にしている朝食にたっぷり時間をかけるようにしている。

また、狭い住居ではあるが余すところなく掃除機をかけることが、ただ一つの運動である。

最近は、ちょっと工夫を凝らして動作を加えた掃除をしている。

はーやく行け行け~♪ 新型コロナー♪♪

新型コロナで外出自粛

外出自粛は、2月3日の打ち合わせ会議を欠席して以来、2ヵ月を過ぎて益々外出が怖くなって我慢してますが、普通は外出しなくても気にもならないのに、我慢していると思うと段々おかしくなってくるようです。

天気は良いし、桜も咲いているし、近くの神社にある木立の中を散歩することにしました。

思った通り、30分居て出会った人は一人だけ・・・

時々、うっぷん晴らしに来ようと思いながら、動画を纏めました。

スギ玉をつくる季節となった

スギ玉の制作現場

スギ玉をつくる季節となり、先ずは杉の小枝を集めることから始まるが、地方では高齢化が進み小枝収集が困難になりつつあるようだ。

酒蔵の入口には毎年スギ玉が新たに吊下げられて、「今年も新酒を仕込んだよ!」と告げ、スギ玉が色を変化させ濃い茶色になって「飲み頃になったよ!」と告げる、と言われている。

なんとなくゆったりして、如何にも美味しいお酒が其処にあるような風情を感じさせるが、だんだんそんな景色が無くなっていくことは本当に寂しいことだ。

なぜこんなに少子高齢化が進んだのか?などの研究はなされているのだろうか??

幼児教育費を無料にするなど聞こえてくるが、根本のところはほったらがしで、選挙の票とりばかりの発想で物事が進んでいるような世の中になってしまったような気がしてならない。

情けない日本になりつつある現状を、今の活力ある若い人々はどんなに思っているのだろう?

先行き短いものにとっては関係ないことかもしれないが、孫の時代を気遣う毎日だ。

その後の君子欄

20190628リビングに退避した君子欄
20190628風雨を避けてリビングへ

だんだん老いていく君子欄の花たちですが、私の一ヶ月の退院後に咲き始めたので、皆さんから「君子欄が退院を喜んで咲いてくれた」と言われます。

特に、入院中ずっとLINEで励ましてくださった山本粉炭工業の専務さんからも、君子欄の気持ちを同じようにLINEで頂いて、感謝感謝です。

来年は咲くことが出来るのか心配です。今後の観察のため3本一纏めで春子ちゃんと呼んでいたのですが、一本毎に「長女、次女、末っ子」と呼び名を変えることにしました。

現在の最大の関心事は、末っ子の今後です。

今年花芽を出すのか?来年一番に芽を出すのか? 無理をしないでゆったりと咲いて欲しいです。

君子欄が今年2度目の花をつけた

今年の君子欄は、1月末に蕾を付けてから4月の中旬まで三本ある茎に次々と花が付いて長い間楽しませてくれた。その間、ずっとリビングにおいていたが、ゆっくり休んでもらうため、古い葉を剪定して日が当たるベランダに出した。

カミさんが驚いたように大きな声で「来て! 来て!」とベランダで騒ぐものだから、何事が起ったのだろうと、急いで行ってみるとー 一本の茎から花の芽が顔を出していた。

この君子欄との出会いは、島根から横浜へ帰ったとき不動産会社から貰ったのだから、もう15年も同居して、横浜から島根へ、そして山口へ、と一緒に移住している。

一昨年、山口に引っ越してくる前に、鉢が小さくなったので大きいものに変えると共に根切をして、昨年は咲いてくれるかと心配したのに、今年2度も咲いてくれるとは考えもしなかった。

カミさん曰く「とうさんの退院祝いに咲いてくれたのよ!」とー

毎朝、見るのが楽しみで、現在は3本中の2本が3日遅れ位で成長を続けている。

今後どのようになるのか楽しみだ。

十二指腸穿孔 絶食・点滴治療で36日目に退院

症状増悪時には手術になる可能性ありだったが、無事退院することが出来た。

入院中はテレビに噛り付き状態で、高齢者の大きな交通事故を視聴して、免許証の返還まで考えたが、退院するころになると元気が出てもう少しと伸ばした。

重湯から5部粥、全粥、ご飯と食が改善されるにしたがって、体の中に活力が漲ってきて、結局もう少しとなったが、車を手放した時の様子を想像し、バスの便など調べてゆくと、もうほとんど外出もしないで暮らすという状態になった訳でなく、手放した時の「どんどん高齢化が進んで気力がなくなっていくことを想像すると、とても生きる望みもなくなってしまうと思われる。

自宅へ外泊の時の路傍の草花 5/02

結局、車に乗ることにしたが、体重が7Kg減ったお陰で体の動きも敏捷になっているので、精神的な負担をすくなくしながら、また近距離に限定しながら事故を起こさないこととする。

入院中は時間を持て余し、色々なことを考えさせられた。車のことも大きなテーマだったが、残りの人生をどのように送ればよいかが最も大きな課題である。こんな時間を過ごしたのは大げさに言えば生まれて初めてであるから、入院中の記録を作って後々の参考にしたい。